google-site-verification: google29e9fe9537bcd1c0.html 高野山⇔四国、往還の記: “チャレンジャー”の方へ

2012-10-11

“チャレンジャー”の方へ

ワタクシの場合“独自の遍路用語”を用いることが多いのですが、ここで述べる「チャレンジャー」もその一つ。
その語を解説するのであれば、

チャレンジ!四国一周徒歩の旅愛好者
といったトコロでしょうか。
言い換えれば、「遍路というものを宗教儀礼として考えない人々」。「如何に金をかけずに四国を一周するかしか興味のない人々」。


この用語をワタクシが用い出したのは、確か2000年代初め頃。
当時、“野宿自慢”ばかりする者を多数見かけられるようになり、そういった者たちの行動が、四国各地で問題視されるようになった時期。
そして2000年代の中頃には、ネット上ではこういった“チャレンジャーの言説”(体験談)が飛躍的に増加。

結果、若い世代にとっての四国遍路というモノは“宗教儀礼”としてではなく、お金のない者でも楽しめる
野宿旅行
として捉えられるようになったといっても、過言ではなかろう。


そういった“チャレンジャー”の方々。
お願いですから「当ブログとは関わらない」で頂きたい。
今時「タダで泊まれる四国情報」を中心とした遍路中の節約テクニック術など、探せばネット上にはいくらでもあります。

あくまで、当ブログは「遍路とは宗教儀礼の一つである」という認識をしてくださる方にのみ、閲覧して頂きたいものです。
四国お遍路バックパッキング (ポケットBE‐PAL)



そもそものハナシ、四国では「遍路とは野宿で行うべき」 という考え方がある。
それは、遍路行を初めて行ったとされる「弘法大師・空海が野宿で四国を巡った」という“伝説”が流布しているから。
しかしながら、それは「宗教儀礼の一つとして遍路を把握している」という場合にのみ通用する考え方でして、決して「四国で路上生活をする」ことや「極力金を使わずに貧乏旅行をする」ことではない。


それを目論む“チャレンジャー”たちは、自身の“願掛け”(自身の願望実現を本尊に頼む行為)のために寺を巡るのではなく、寺は行程上の単なるチェックポイントやトイレ利用可能な休憩場所といった認識。
寺巡りよりも「面白い体験や出会い」を重要視。
寺へたどり着くことよりも「野宿場所確保」が、日々の最重要課題。
道中でお接待がもらえるとなれば「遍路」と自称し、自身の行動が咎められるようなことがあれば「遍路ではありません、ただ歩いているだけです」と開き直る行動規範。

そんな過程で得られた“オイシイ”体験や情報を、後先考えずにネットで配信。
そのネットの書き込みを目にした者がまた同じ行為を繰り返し、新たなる野宿情報を提供する。

本来、こういった“野宿情報”は四国の「現地」で、しかも「口伝」(くでん)というカタチで伝えられてきたもの。
しかしながら“ネット時代”となると、こういった情報は猛烈な早さで拡散。
そして、予期せぬ“軋轢”(あつれき)を生むことになる・・・・・・。


このような“チャレンジャー”が増えすぎた結果、徒歩や自転車利用の遍路への“風当たり”が、信じられないほどに強くなった。

今まで、「お遍路さんも大変だから・・・」とある程度大目に見られていた行為にも規制が入り、警告ナシに警察へと通報されるケースも増えた。
 
ワタクシがこのブログで公表しようと考えている「2003年当時の体験記」。
そこでは好き放題に振舞っていた“チャレンジャーの尻拭い”を、ほぼ連日させられた。

「地元民との交流」と言えば聞こえはイイが、実際は「チャレンジャーへの苦情処理」ばかり。

それに対してネットで文句を言うと、某・匿名掲示板の連中はワタクシが現地で遍路中であるにも関わらず、嫌がらせ行為まで行ってきた。
言いたい放題に文句を言われ、真夜中の2時過ぎでも苦情のメールが送られて来る・・・・・・。
 

そういった体験があるから、ある意味、このブログは
チャレンジャーへの反撃
といった点にも力点を置きます。

遍路中に受けた私憤を晴らそうと言う側面が強いから、「チャレンジャーはこのブログに関わるな」と言っているのです。
読めば確実に不快な気分 にさせられることになるから。



【参考】

 おおよそ「2000年頃」まで、“チャレンジャー”は不問に付されているケースが多かった。
「お四国さん」の快楽―It’s A Beautiful Day
「お四国さん」の快楽―It’s A Beautiful Day横山 良一

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 上掲の著者である横山氏は、自身の体験から「何も知らぬ“一般人”も、地元民と交流を重ねていくことで“立派な遍路”へと変わる」とでも言うべきことを描写している。
 確かに、以前は“一般人”(遍路としての常識や知識のないまま四国へ来てしまった人)も、地元民などから何らかの“教育的指導” を受けることで、たとえ金のない若い人であっても“遍路らしい振る舞い”が出来るようになるのが常でした。
 しかしながら、現代は異なる
 それは筆者の横山氏が4度目の遍路を終えたであろう2002~2003年頃には、完全に様変わりしてしまった。
 相も変わらず遍路への手厚いサポートを続けてくれる四国の方々であるが、弘法大師や遍路への信仰のあった年配者の方の数が減り、主力となっているのは“宗教心を否定してきた団塊世代”ばかりとなった今、遍路は如何に振舞うべきなのか・・・・・・。

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